2014/09/12 (Fri) 幻の今井焼「宮ヶ洞窯跡」を探して

さあそれでは、今回の→今井街道サイクリング←最大の目玉、謎の『宮ヶ洞窯跡』探索に入ります!宮ヶ洞窯は、犬山焼の祖と言わる「今井焼」を焼いていた窯。

今井焼は、宝暦年間(1751-1763)から 「犬山」等の窯印を捺して焼き出されていました。碗類、皿類、鉢類、瓶・壺類、その他などの器種組成から江戸時代の瀬戸・美濃窯製品に共通する特徴があります。また、各器種には、主に鉄釉・飴釉、灰釉が施され、犬山焼の製品とは明らかに異なる作風を示し、現在では別系列のやきものとして位置付けが可能となっています。美濃焼の陶工による今井焼の時代は安永10年(1781)3代目窯主、奥村太右衛門が没してしてその終わりを告げました。

我らが美濃焼の分派なんですねぇ。それを焼いていた幻の窯が山の中に埋もれているとあっては、土岐の探検家(なのか?)の血が騒ごうってもんです。以前、美濃焼の歴史上最重要の窯の一つ→牟田洞窯←を探索したわけですから、まぁ不思議なご縁というもの。

ウェブ上にはその場所についての情報が一切なかったですが、どうやら「宮ヶ洞」とは地名である事が分かりました。「今井」の「宮ヶ洞」という地区。それは前回記事でも書いた「石作神社」の周辺でした。しかし、その辺りをウロウロ歩けども、窯跡の場所が分からない。そこで、近くの家の方に声をかけました。するとなんと、その方が一緒に行ってくれると言うのです!

その方の後にくっついて5~10分、山道を登り、畑の畦道を行くのですが、こりゃ絶対、案内してもらわないと分かりっこないわ~・・・・w

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鬱蒼とした森の中の窪んだ場所に、おびただしい数の陶片が散乱していました。窯の形跡は全くなく、陶片の存在で初めてそこが窯跡と分かる状態。

140911imai8.jpg

陶片はどうやら、今井焼そのものではなく、匣鉢(陶磁器を焼く時に、素地を火炎その他から保護し、影響を受けないようにするための用いられる耐火性の容器)のようでした。

夢中でカメラを覗いていて、ふと気づいたら、全身やぶ蚊にやられていました。

案内してくれた方は下山後、ムヒを貸して下さり(笑)、採れたばかりの栗をお土産に持たせてくれました。何から何までご親切にありがとうございました!




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